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東京地方裁判所 平成3年(ワ)15005号 判決

主文

一  訴外甲野太郎と被告が、別紙第一物件目録三、四記載の各不動産について平成三年七月二〇日になした財産分与を原因とする各所有権移転行為をいずれも取り消す。

二  被告は、訴外甲野太郎に対し、別紙第一物件目録三、四記載の各不動産について、いずれも所有権移転登記手続をせよ。

三  被告は、原告に対し、金一三四一万〇五九二円を支払え。

四  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

理由

一  請求原因1(原告の債権の成立及び現在額)、同3(離婚及び本件財産分与)、同4(太郎の所有不動産及び銀行預金)の各事実及び同5のうち、本件各財産分与当時の練馬の土地建物の評価額が一億四五〇〇万円、松戸の土地建物の評価額が八〇〇〇万円であったことはいずれも当事者間に争いがない。右争いのない事実によれば、原告は、本件各財産分与の当時、太郎に対し、貸付金残元本九五〇〇万円の債権を有していたことが認められる。

二  そこで、本件各財産分与が詐害行為として取消の対象となるか否かについて判断するに、離婚における財産分与は、夫婦が婚姻中に有していた実質上の共同財産を清算分配するとともに、離婚後における相手方の生活の維持に資することにあるが、分与者の有責行為によって離婚をやむなくされたことに対する精神的損害を賠償するための給付の要素をも含めて分与することを妨げられないものというべきところ、かかる財産分与も、それが民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情の存する場合には、詐害行為として取消しの対象となりうるものと解すべきである(最高裁判所昭和五八年一二月一九日第二小法廷判決・民集第三七巻一〇号一五三二頁)。そこで、以下本件各財産分与当時の太郎の財産、財産分与に至る経緯等につき順次検討する。

三1  本件各財産分与当時の太郎の財産

(一)  本件各財産分与当時、太郎の積極財産として前記の不動産及び銀行預金が存在したことは争いがなく、消極財産としては、《証拠略》によれば、本件各財産分与当時、東池袋の建物には被担保債権額(元金)一二七〇万円の抵当権が、札幌の建物には被担保債権額(元金)一二〇〇万円の抵当権が、福岡の建物には被担保債権額(元金)一三〇〇万円の抵当権がそれぞれ設定されていたことが認められる。

(二)  被告は、太郎が高額の保釈金で保釈されていることからすると、右以外にも積極財産を有しているはずであると主張するが、保釈金の具体的な額及びこれが太郎の財産によって賄われたことを認めるに足りる証拠はないし、仮に、ある程度の保釈金が積まれていたとしても、そのことから直ちに太郎が資産を有していたと推認することはできないから、被告の右主張は採用できない。

2  太郎に対する他の債権者の配当加入の可能性の有無

原告は、本件詐害行為取消権行使が認められた場合、国及び丙川による配当加入が明白かつ確実であるから、自己の債権額を超えて取消しを求めることができると主張し、このうち、丙川が、太郎に対し、三億円の代位弁済金等請求訴訟を提起していることは当事者間に争いがない。しかし、右丙川の債権の存否についてはいまだ係争中であり、現時点において同社の債権が存在するものと認定することはできないし、同社は練馬の土地建物について処分禁止の仮処分命令を得ているのみであって(《証拠略》により認められる。)、他に本件詐害行為取消権の行使の結果、太郎の名義となった財産に対して配当加入することが明白かつ確実であり、それにより原告が被るであろう損失を本件訴訟において救済する必要があると認めるに足りる証拠はない。

また、《証拠略》によれば、国が、太郎に対し、平成三年度分の申告所得税一三六七万〇〇六六円及びこれに対する納期限の同四年三月一六日から支払済みまでの延滞税の各債権を有するとして、東京国税局長が、東池袋の建物について交付要求をしていることは認められるけれども(もっともその明細は必ずしも明らかではない。)、同局長において本件詐害行為取消権の行使の結果、太郎の名義となった財産に対し交付要求することが明白かつ確実であると認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の債権額を超えて詐害行為取消権を行使できるとの主張は採用できない。

3  本件各財産分与に至るまでの諸事情

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(一)  太郎と被告は、昭和四五年ころ、被告が当時店員として働いていた飲食店で知り合い、同四九年ころから被告のアパートで同棲生活をするに至ったが、同五〇年三月九日に長女春子が出生したのを機に同月二二日婚姻の届出をした。

(二)  太郎は、被告と付き合いはじめたころには、訴外丁原金庫に勤務していたが、昭和四九年一〇月ころ、同社を退社し、訴外戊田株式会社の勤務を経て、同五〇年九月ころ、丙川に入社した。太郎は、同社に入社して約二年後に総務部長、同五七年ころに常務取締役となったが、平成三年七月一一日に常務取締役を解任され、退社した。

(三)  太郎は、丙川に入社以来、早朝に出社して、夜遅くまで勤務する毎日を送り、同社での昇進につれ益々多忙となり、休日さえも付き合いゴルフに出掛けることが多く、家庭を顧みることが少なかった。他方、被告は、専業主婦として、家事及び子育てに従事してきた。

(四)  太郎は、昭和四二年一月二〇日売買により松戸の土地を取得し、同四四年五月二九日ころ松戸の建物を新築し、以下いずれも売買により、同五五年一二月一日ころ東池袋の建物を、同五七年二月二七日練馬の土地建物を、平成二年七月一〇日札幌の建物を、同年一一月八日福岡の建物を、それぞれ取得した。右練馬の土地建物の買入後、太郎、被告及び春子は同所を自宅として居住し始めた。なお、福岡の建物は同四年三月一九日、訴外株式会社コーヨー住地に売却している。

(五)  昭和六三年及び平成元年ころの二回に渡り、太郎の女性問題が原因で、被告から太郎に対し、離婚話を持ちかけたことがあったが、太郎においては、当時の太郎の社会的立場から対外的信用を失うことを恐れ、また、被告においては、長女がまだ未成年であり、太郎が詫びたことなどから、離婚には至らなかった。

(六)  平成三年六月ころから、丙川の社長であった乙山と常務取締役であった太郎の両名が、丙川の関連会社である訴外甲田株式会社や訴外株式会社乙田(いずれも太郎が社長であった。)等を通じて、広域暴力団戊原会系列の企業に対し、多額の融資及び債務保証をしていたとされる事件(いわゆる丙川事件。)を巡る新聞報道が始まって、新聞記者から太郎の自宅に早朝深夜の別なく頻繁に取材等の電話が架かるようになり、更に、同年七月一〇日には、自宅の家宅捜索が行われ、同月一三日には、丙川の丙田新社長が前日の記者会見において、同社は乙山と太郎をそれぞれ社長及び常務取締役から解任したものであり、両名を背任などで告訴する方針である旨述べたとする新聞報道がなされた。

(七)  被告は、太郎に対し、右事件の発覚及び過去の太郎の不貞行為を理由に、離婚することを求め、その際、財産分与として、被告と長女が離婚後に居住する場所を確保するために練馬の土地建物を、賃料収入を離婚後の生活費にあてるために松戸の土地建物を、いずれも被告に所有権移転することを要求したところ、太郎はこれに応じ、前記認定のとおり、本件土地建物を被告に財産分与したうえ、各所有権移転登記手続を行った。

(八)  他方、原告は、同年五月下旬ころから、丙川と暴力団戊原会の関係を巡る新聞報道がされたため、同社の動向について注視していたところ、同年七月一二日、乙山社長とともに太郎が常務取締役を解任されたとのニュースが入ったことから、同日、竹田優幸次長、斉藤勝弘調査役が丙川本社で太郎と面談し、貸付金の返済を申し入れ、同月一五日に木村輝昭支店長が同本社を訪問した際にも、太郎に貸付金の返済及び練馬の土地建物を担保として差入れるよう申し入れた。また、原告は、同月一九日には、丙田社長から、乙山と太郎が丙川を退社し、近々同人らを特別背任で告訴する方針であるとの情報を得たため、原告は、太郎と連絡をとろうとしたが、連絡がつかなかった。そこで、同月二〇日、斉藤調査役が練馬の土地建物の登記簿を閲覧したが、この時点では、右不動産に関する権利関係の異動はなかった。

同月二二日、太郎が原告亀戸支店に来訪し、これに応対した支店長、次長、調査役、証人吉田の四名は、太郎に対し、練馬の土地建物の担保差入れを申し入れたところ、太郎からは、自宅の権利証は妻が保管しており自由にならない、支援を頼める先もあるので、今しばらく猶予して欲しいとの申し出がなされた。

ところが、同月二三日、原告の担当者が登記簿を閲覧すると、練馬の土地建物につき本件各財産分与を原因とする被告への所有権移転登記がなされていることが判明した。

(九)  太郎は、離婚届出後、住民票上は練馬の土地建物に同居人として居住しているように記載されているが、現実には被告と同居していなかった。

四  前項認定の事実を前提として詐害行為の成否につき検討する。

1  前記認定事実のほか、《証拠略》によれば、太郎は、本件各財産分与当時、原告に対して九五〇〇万円の借入金債務を負担し、積極財産として練馬及び松戸の土地建物のほか、札幌の建物、福岡の建物及び東池袋の建物を所有していたこと、右の当時、東池袋の建物については、その評価額が二八〇〇万円であるのに対し、被担保債権額(元金)一二七〇万円の抵当権が、札幌の建物については、その評価額は八〇〇万円であるのに対し、被担保債権(元金)が一二〇〇万円の抵当権が、福岡の建物については、その評価額は一二〇〇万円であるのに対し、被担保債権(元金)が一三〇〇万円の抵当権が、それぞれ設定されており、右各抵当権の被担保債権の総額と右各建物の総評価額との差額は一〇三〇万円余りのプラスに過ぎないこと、太郎の不動産以外の財産としては、原告亀戸支店他に三口合計一七一八万二二九九円の銀行預金があったことがそれぞれ認められ、太郎の右財産状態からすると、本件各財産分与当時、札幌、福岡及び東池袋の各建物並びに銀行預金のみでは、太郎の前記債務を弁済することはできず、本件各財産分与によって太郎は債務超過となったことは明らかである。

2  そして、前記三3(八)の認定事実によれば、太郎は、本件各財産分与により債務超過となって原告の貸付金を弁済することができなくなることを知りながら、本件各財産分与をなしたこともまた明らかであり、また、被告において、本件各財産分与により太郎が債務超過となって原告の貸付金を弁済することができなくなることを知らなかったものと認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記認定のとおり、太郎の解任と本件各財産分与がなされた時期が近接していることからすると、被告においても、かかる認識を有していたものと推認される。

3  そこで、最後に、本件各財産分与について、詐害行為として取消しの対象となるような前記二で掲げた特段の事情があるかどうかについて検討する。

前記認定事実によれば、太郎と被告の婚姻期間は、事実上の夫婦であった期間も含め、約一八年間であったこと、太郎と被告の離婚のきっかけとなったのは、いわゆる丙川事件が発覚したことにあるが、その根本的原因として、太郎の過去二度に渡る不貞行為があったこと、太郎の所有する前記各不動産は、いずれも太郎の所有名義となっているが、松戸の土地建物を除くその余の各不動産は、いずれも被告と婚姻した後に取得したもので、実質的には、被告の共有持分があるものと考えられること、練馬の土地建物は、昭和五七年以降、太郎、被告及び春子の生活の本拠であり、被告及び春子にとっては現在も同様であること、本件各財産分与当時、被告は既に五五才を超えており、婚姻後、専業主婦としての生活を送ってきたため、離婚後の生活設計の再構築には困難を伴うであろうことなどが認められ、これらの事情からすると、本件各財産分与は、夫婦が婚姻中に取得形成した共同財産の清算分配、離婚後における被告の生活の維持のための扶養料及び長女の養育費並びに太郎の被告に対する慰謝料等を含む趣旨でなされたものと認めることができる。

そのほか、本件においては、前記認定のとおり本件貸付金の現在額は、本件財産分与後に乙山から計三六九七万八七一二円、太郎から計一二四九万九七一九円の合計四九四七万八四三一円を回収した結果、四六四一万〇五九二円及びその内金四五五二万一五六九円に対する年一四パーセントの遅延損害金に止まること、《証拠略》によれば、本件貸付金の使途は、株式取引を行うためのいわゆる財テク資金であって、太郎及び被告の夫婦生活を送るうえで必要な財産の形成維持のために借り入れたものではないこと(被告は、これらのことから本件詐害行為取消権の行使は権利の濫用にあたると主張するもののようであるが、右事実をもってしても、本件詐害行為取消権の行使が権利の濫用にあたるとはいえない。)、原告は、本件貸付金とは別口の太郎に対する貸付金一億六〇〇〇万円を担保株式の売却等により全額回収しているが、右担保株式の原資には、本件貸付金も含まれていたもののようであることなどの事情も認められる。

以上のような本件各財産分与を巡る一切の事情を考慮すると、原告の本件詐害行為取消権行使との関係において、松戸の土地建物を財産分与した部分については、民法七六八条三項の規定の趣旨に照らして不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りる特段の事情があると認められるものというべきであるが、練馬の土地建物についてした財産分与については、右特段の事情があると認めることはできない。

したがって、松戸の土地建物についてした財産分与については、詐害行為として取消しを免れない。

4  そして、《証拠略》によれば、被告は、本訴提起後の平成四年一二月一六日、松戸の土地建物について、訴外二神信也(以下「二神」という。)に対し、極度額二〇〇〇万円の根抵当権を設定(仮登記)し、現在その被担保債務は右極度額を超えていること、松戸の土地建物の現在の評価額は五三〇〇万円であることがそれぞれ認められるから、原告において、転得者である二神に対し、詐害行為取消権を行使しない本件においては(二神において詐害行為につき善意でなかったことを窺わせるに足りる証拠もない。)、松戸の土地建物のうち、右二〇〇〇万円部分については、太郎の一般財産から離脱しており、登記法上も二神が同意しない限りは、被告に対する所有権移転登記の抹消登記手続をすることができないものである。

そこで考えるに、詐害行為取消権は、一般債権者を害する詐害行為を取り消し、その責任財産を債務者へ回復させるものであるから、可能な限り現物返還を命ずべきであり、これが不能又は著しく困難な場合に限って価格賠償を命ずべきものである。したがって、本件のような場合には、抹消登記に代えて太郎に対する移転登記を命じて現物返還を図り、ただ、現物返還が不能な部分、すなわち根抵当権設定仮登記の負担がそのまま残存する二〇〇〇万円部分についてのみ価格賠償を命じるのが相当である。そうすると、本件においては、松戸の土地建物を太郎の下へ回復させたとしても、同物件からは、その現在の評価額五三〇〇万円から右根抵当権の極度額二〇〇〇万円を差し引いた残額三三〇〇万円の限度でしか貸付金の引当とできない結果となるから、被告は、原告に対し、価格賠償として、松戸の土地建物の評価額三三〇〇万円では満足を受けられなくなる原告の貸付金残額一三四一万〇五九二円に相当する金員を支払うべき義務があるものというべきである。

五  以上によれば、原告の本訴各請求は、松戸の土地建物についてした財産分与を取り消して同土地建物についてした所有権移転登記の抹消登記手続を求め、かつ、一三四一万〇五九二円に相当する金員の価格賠償を求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余はすべて理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滿田明彦 裁判官 沼田 寛 裁判官 野口宣大)

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